



ボルゲリD.O.C.のワインを造れる生産者は34社に限られますが、ボルゲリでワインを造る生産者の数は50軒以上に増えました。
しかしボルゲリの畑の殆どは、今なお大手が所有しており、最も大きいところではアンティノーリが300haの畑を所有しています。その中で、現在マッキオーレでは22haのブドウ畑を所有しています。この先、畑の規模を大きくする予定はありません。というのも、これ以上ボルゲリで良い畑を探すことはできないからです。
(2) ボルゲリの環境条件
ボルゲリはトスカーナの海岸沿いにあり、海から5km程内陸にあります。海の影響により温暖で、ボルゲリ地区の北側にある小高い丘が、北からの冷たい風を遮る役目を果たしています。
土壌は肥沃で、粘土質が適度に含まれています。石も多く含まれており、水はけを良くしています。
夏は雨があまり降らず、一年中風が吹き、ブドウは病気にかかりにくい土地です。
北に囲まれた丘に雨が降ると、水はけの良い土壌を通って雨水は地中に浸透します。浸透した水はある深さで蓄えられ、雨が少ないボルゲリでも、ブドウが夏の暑さを乗り切れる役目を果たすのです。
(3) ボルゲリの糸杉並木について
ボルゲリには、有名な糸杉並木があります。糸杉はトスカーナを代表する木であり、この糸杉が立ち並ぶ道が、アウレリア街道からボルゲリまで約5kmに渡って続いています。
実はこの糸杉が植えられと決まった際、当時サン・グイドの農場責任者を務めていたエウジェニオさんの曽祖父がこのプロジェクトの総責任者を務めたそうです。



サッシカイアというワインはとても有名でしたが、それでもボルゲリで造られているとは知られていなかったのです。エウジェニオのお父さんがボルゲリで経営していたバールへ、他所からきたお客さんが立ち寄り、サッシカイアを購入する機会がありましたが、その時サッシカイアはボルゲリで造られていると話しても信じてくれる人はおらず、皆フィレンツェあたりで造られていると信じていたのです。
そんな時代ですから、1981年にエウジェニオが「ボルゲリという土地でワイン造りに賭けよう」と決意した時には、周囲の大反対を受けました。特にエウジェニオのお父さんは猛反対し、私(チンツィアさん)にもエウジェニオに止めてもらうように促して欲しいと懇願されたのです。
しかし私は1度も反対をしませんでした。私は農家出身でしたから、エウジェニオが農家になることは全く抵抗がありませんでした。それに対しエウジェニオの家は商人の出であり、当時商人が農家になるのは不名誉なこと、家の名に泥を塗るような行為と捉えられていたのです。それからというもの、ワイナリーが有名になるまで、親戚中から挨拶もされなくなったのです。
私達2人はボルゲリのテロワールの偉大さ可能性を信じていたので、ワイン造りは最初からテロワールを表現したものを造ろうとし、マッキオーレを立ち上げたのです。


2人で最初にワイナリーを始める時、ボルゲリには他のワイナリーが殆どなかった為、どのブドウ品種を植えたらよいか、栽培方法、密植度をどうすれば一番良いか、全てが手探りでのスタートでした。

(2) 密植度と栽培方法
一番初めに植えた畑は、密植度を1haあたり5,000株にしたシングル・コルドンでしたが、結果としてうまくいきませんでした。その次の畑は、同じく密植度を1haあたり5,000株にしたダブル・コルドンで、これもよくありませんでした。
次に密植度を1haあたり7,500株まで上げた結果が良かったので、密植度を10,000株まであげ、現在12haの畑を密植度10,000株、グイヨで栽培しています。
(3) 何故このような研究をしたか?
私達の目指すところはボルゲリのワインを造ると同時に、マッキオーレ固有のワインを造らなくてはなりません。昔はコルドンが伝統的にして行われていましたが、これではマッキオーレの理想とするワインが造れず、そして自分達の目指すべきものを分かるために、とにかく研究と経験が必要でした。だから色んな品種を植えて、栽培方法、密植度、選定方法、仕立てなど、様々な経験をつむことが必要だったのです。
マッキオーレの理念は、ブドウの樹が自分で自然にバランスをとることが大切だと考えています。ブドウの樹が、自分につけるブドウの実を少なくし、凝縮したバランスの良いブドウをつけるようにする。そのように密植度や仕立てを研究していったのです。
確かにグリーン・ハーヴェストを行い、ブドウの実を減らすことは出来ますが、それはあくまで人の手によるものであり、ブドウの樹が自分でバランスをとってはいません。だから人工的にブドウを少なくするグリーン・ハーベストは私達の考え方、すなわち自立したブドウ樹を栽培することではないので、良くないと考えています。グリーン・ハーヴェストをしなくても、樹が勝手にブドウを少なくしてバランスをとってくれるのが理想の姿です。


マッキオーレを設立してから、20年程です。まだまだ歴史が浅いワイナリーです。しかし自分達が目指してきたものと、実際のワインの質はだいぶ近づいてきました。
その1つの要因に、ワイナリーを始めた時はボルゲリは誰も知らないような地域でしたが、そこが有名になってきたことがあるでしょう。それに加え、マッキオーレが「ボルゲリのワイナリー」であるが、「マッキオーレ独自のワイン」を造ろうとしたところにもあります。
ボルゲリは歴史が浅いので、各ワイナリーは独自で研究をしています。他のワイナリーとマッキオーレとの最大の違いは、「マッキオーレがボルゲリのテロワールを100%表現できるワイン作りを目指し、研究したこと」です。積み重ねた研究のお陰で、ボルゲリに適応するのは外来品種、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、そしてカベルネ・フランなどと判りました。
一般的に他のワイナリーはこれらのブドウ品種をブレンドしているところがとても多くあります。しかし、ブレンドワインはインターナショナルな味わいのものが多く、平均的で受け入れやすいものの、ボルゲリのテロワールは無視されたワインが多くなるのも事実です。またワインをブレンドするとヴィンテージの差が少なくなります。毎年同じような品質のワインを造るのは容易になります。単一品種ではこれが難しくなります。
しかしマッキオーレはボルゲリのテロワールを表現し、各ヴィンテージの個性を出したワインを理想としてきました。それが出来るのは単一品種によるワインです。単一品種のワイン造りには、まず一切の妥協が出来ません。ミスが許されないからです。ミスをすればそれがワインにストレートに現れます。
純粋で正直なワインを作りたい。その為には慎重に、そして一生懸命にワインを造るしかありません。インターナショナルなブドウ品種ではありますが、ボルゲリのテロワールを表現したワインが造りたかったのです。



当時カベルネ・ソーヴィニヨンはボルゲリの代表的な品種でしたが、酸が足りないので、サンジョヴェーゼなどを足していました。
ボルゲリのカベルネ・ソーヴィニヨンは酸が欠ける傾向にあるので、ボルゲリの他の生産者でもカベルネ・ソーヴィニヨン100%のワインは造っていません。
年を重ねるごとにカベルネ・フランの酸と果実味がよいことに気付きました。そして徐々に増やしていくようにしたのです。1999年からサンジョヴェーゼをやめ、カベルネ・フランを15%加えるようにしました。2000年は猛暑だったので、カベルネ・フランを30%も加えました。出来たワインは暑い年だったにも関わらず、酸が生き生きとしたものが出来たのです。
この2000年のパレオ・ロッソを受け、2001年をカベルネ・フラン100%にしようと決意したのです。当時はパレオ・ロッソが有名になっていたので、それをCF100%にするという大変革はとても勇気が要り、少し怖さもありました。
しかし出来たワインは、皆さんがご存知でしょう、大変素晴らしいものになったのです。


マッキオーレの最大の強さはテロワールを大切にし、最高のブドウを収穫し、おいしいワインを目指していることです。それには細かいことからこつこつ経験を積み上げ、研究していくことが重要です。素晴らしいワインを造るには、素晴らしいブドウを作ること。素晴らしいブドウを作るには畑を知り尽くすこと。
毎年気候が異なると毎年樹の働き方も異なります。畑の手入れの経験をつむことが大切だし、毎日ブドウの状態を見ることが大切になります。マッキオーレでは自分の子供を育てるように、畑のブドウ樹を大切にしています。私達は毎日畑に行ってブドウ樹の手入れをしています。何か異変があればすぐに対応します。だから他のボルゲリのワイナリーからも、「ボルゲリで最も美しい畑」と言葉を頂いたこともありました。

私がお客様に「何故サッシカイアやオルネッライアではなく、マッキオーレのワインを買うべきか?」と質問されたら、こう答えます。
サッシカイアはボルゲリのスター。ボルゲリが生まれたのは、サッシカイアのお陰です。スーパータスカンが生まれたのもサッシカイアのお陰。
オルネッライアは素晴らしいワイナリーで、ボルゲリでも規模がとても大きく、卓越したブレンドワインを造り、世界にボルゲリの偉大さを伝えています。
それに対してマッキオーレは職人ワイナリー。職人と同じく、数量は造れませんが、その道を追求し、最高のワインを造るために、小さなことからこつこつと磨き上げ、ボルゲリの偉大さを一番信じて、最高のものを目指したワイン造りを行っているからです。
