ドレイ・ドナ家が現ワイナリー領土のオーナーになったのは、1900年代初めのこと。その当時、この土地の畑は全てサンジョヴェーゼでした。
当時は葡萄作りを小作人に任せ販売していましたが、1980年代になり先代のクラウディオがこの畑を受け継いだ時、自分の畑のサンジョヴェーゼが他の畑に比べ非常に品質的に評判が高いと葡萄買い取り業者や小作人などから聞き、葡萄畑に関心を寄せるようになりました。そして質より量であったエミリア・ロマーニャの葡萄栽培農家より収穫量を落としてでも良い品質の葡萄を作ろうと試みました。
その後、クラウディオは弁護士の仕事をやめ、自分のサンジョヴェーゼでさらによいワインを造りたいと考え、各地の一流とされるサンジョヴェーゼのワインを飲み始めました。その中で、「フラッチャネッロ」「フォンタッローロ」などフランコ・ベルナベイ氏の造るサンジョヴェーゼに深い感銘をうけました。
そして、遂にベルナベイ氏と面会、醸造コンサルタントを申し入れましたが、当初ベルナベイ氏は首をたてに振りませんでした。それでも諦めず「一度自分のワイナリーを訪問し、畑を見てほしい。」と何度もコンタクトをとり、ついには氏の訪問が実現。
ベルナベイ氏はフォルリを訪れ、ドレイ・ドナの哲学、将来的な展望などを実際に目にした時、このワイナリーのポテンシャルを見出し、ワイナリーのコンサルタントを引き受けました。彼の指導の下、クラウディオが既に行っていた樹齢の古い畑でのマッサル・セレクションにもさらに力を入れるようになります。







